日本人が知らされていない原爆投下の真相

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核爆弾。2発落とされましたアメリカに。「2発も」なのか「2発しか」なのか。日本人は国民性なのか教育通りに原爆投下の理由を疑いもなく、そしてそれ以上は考えることなく生きています。

もちろんぼくも日本人で同じように先の大戦について、そして原爆投下については大多数の日本人のように思考停止していた。恥ずかしながら。こう教わったように思う。「原爆投下は仕方がなかった」とか「原爆投下はアメリカ兵の犠牲を少なくするため」「原爆投下は戦争を早く終わらせるため」日本全国津々浦々おそらくほとんどこういった理由で教育され、また言い伝えられてきているのではないだろうか。

日本の核アレルギーは最近では以前よりはマシになってきたといえるが、少し前までは口に出すことも、議論することも、そして心の内で考えることもタブー。もちろん強制されているわけではなかったが、そういう空気があって、考えることも吉とされていなかった。

歴史は戦勝国が作るもので、日本を統治したアメリカも徹底的な情報の検閲を行い国民を洗脳し、それが抜けないまま現代の日本が続いている。教育は恐ろしい。そう教えられるとそうなってしまう。教育は洗脳だというがまさしくその通り。その教育の1つが先に述べた原爆投下の理由の洗脳。

日本人はイラクやアフガンとは違い、従順な国民性で東京大空襲に代表される子ども女性を含む一般人の無差別殺人や原爆投下を行ったアメリカをほとんど恨んでいない。これは国民性を含めたアメリカ軍が押し付けた教育の賜物でもあるだろう。大成功だろう。本当の教育というのはその洗脳を俯瞰して眺めることができるようになることだがそこで思考停止してしまっている。

イラクやアフガンで苦戦するアメリカ軍をみて、あるアメリカ人の女性キャスターが言った。「原爆を投下したら日本人はポチ公みたいに従順になったじゃない」と。これがアメリカなど白人国家の日本に対する正直な意見なのかもしれない。

そういった戦勝国の本音や、日本人が意外と知らない歴史事実をジャーナリストの高山正之さんに教えられた。高山さんの本にはそれらアメリカや白人国家の戦勝国からみた歴史を覆すおもしろい事実が多数載っている。おもしろい逸話や日本人が知らないだろう学校では教えてもらえない歴史事実を知ることができるのだが、今回は原爆投下の真相を紹介したい。

しかし、やむを得なかったと言いながら原爆の開発途中からもう京都や長崎など原爆投下候補都市を決めて、通常爆弾による空襲を禁じていた。無傷のまま残してどれほどの破壊力をもつか正確に計測するためだった。日本が降伏してしまいそうなので急ぎ2発を落とし、結果的に京都が無傷で残ると「我々は文化財を守った」と言い出した。

なんと多数の歴史的文化財が残る京都にも原爆を落とす予定だったと。地形や被害を事前に勘案した原爆実験だった。さらに原爆投下は2発で終わる予定ではなくあと数発使用する予定だったのだが日本が降伏してしまったので仕方なく2発で終ったということだ。

それともう1つ、これは政治評論家の加藤清隆さんが言われていたことだが広島と長崎にそれぞれウラニウム型とプルトニウム型の違う種類の原爆を投下した理由はまさしく原爆実験だったと。なるほど。違うタイプの爆弾だとは知っていたが恥ずかしながら理由は考えたこともなかった。

このように原爆だけでも日本人に知らされていない、知られては困る事実がこれだけあるのである。

追記

ぶっ飛ばしたのが大浦天主堂だったのがまずかった しかもミサの真っ只中に原爆落として神父たちを気化させてしまったから 戦後バチカンは大浦天主堂を原爆被害の記念碑として残そうとしたが アメリカからの圧力で結局建て替えとなった 広島みたいな産業記念館みたいなのだったら残ったかもね アメリカにとってカトリックを吹き飛ばした事実は隠さなきゃいけなかった

参照元 : 広島には原爆ドームがあるのに、長崎にはなぜ被爆遺産がなく平和祈念像なのか? 続・妄想的日常

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